あなたといる時の、わたし

先ほどは誰かが一緒にいてくれた体験を表現しましたが、今度は逆に、自分が誰かと本当に一緒にいたなあと感じた体験を思い出したいと思います。何か違いがあるでしょうか。

その時、それが自然にできていましたか、それともすごくがんばってやっていたでしょうか

まず「共にいる」というのは、「避けている」ことの逆になります。
ここで言っている「あなたと一緒にいる、共にいる」というのは、
あなたを変える必要はない
あなたをなおす必要がない
あなたに対して何かをする必要がない・・そういう意味です。

あなたをコントロールする必要がない
この人がこうだったらいいのになぁという思いを持たなくていい
ただその人と一緒にいることで満足できる、という状態です。

今この話をしながら、10か月になる孫のことを思い出しています。
「誰かと共にいる」ということを考えると、私はその孫と一緒にいることを考えます。
孫といる時の身体の感覚とか感情、気持ちに何が起きるかに気づいています。
孫に自分がいることを差し出す時に、私自身が外の世界とどう関わっているかにも気づきます。

誰かと共にいるという体験の時に、自分が自分自身とどのように関わっているのか。
自分との関わりに何が起きるか、も発見することができます。

ークリスティン・プライス(7/24 GAPオンライン・ワンデーより)
※ 写真は実際のクリスのお孫さんと、後ろにいるのがクリスです。

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